そこで採れた種をそこに播く

 そこで採れた種をそこに播く。これは大自然の命の循環の大変美しい姿です。

 橋本自然農苑では、毎年同じ畑で人参を作り、その畑で人参の種をとっています。いわゆる連作ですね。この人参は最初の頃に比べれば、随分洗練された美味しさが出てきました。この種は新黒田五寸という品種で、固定種の五寸人参の代表選手です。すでに10年以上自家採種をしていますが、ここまで種を採り続けると、これはもう新黒田五寸ではなく橋本自然農苑の人参と言える程、独特の風味とスタイルを持ち、個性さえも感じられる“種”(しゅ)になりました。

 種というのは常に変化しています。気候風土や土が変われば、種も変わります。有名な話では、長野県特産の野沢菜があります。野沢菜はカブの仲間なんですが、昔、長野県のお坊さんが大阪へ来た時に、天王寺カブの種を持ち帰って播いたところ、カブの部分が大きくならず、葉が異常に大きく育ちました。それが長野県で自家採種を繰り返されて固定化したものが、野沢菜なのです。同じ品種の種でも、土地が違えばまったく別の野菜になるのです。ここが自家採種の面白いところです。

 また、生産者の種とりの技術によっても毎年変化していきます。母本選抜(ぼほんせんばつ)といって種をとる為の人参を選ぶ際に、あまりまとまったいい形質のものばかりを揃え過ぎると、生命の多様性が失われ、生命力が落ち弱るのです。しかし、こうなってしまった人参でも、次の年に無選抜で一回自家採種をすると、また元気になります。生命とはなんと神秘なのでしょうか。

 橋本自然農苑では、年間40種類以上の種を自家採種していますが、実は、これはなかなか大変な作業なのです。種を採るためには全部を収穫せずに、母本になる株を選び残しておきます。同じ科の作物同志は、交雑を防ぐためネットをかけたり、離れた畑に植えかえるなどの手間がかかるうえ、場所も必要となります。

 ある自然農法の生産者が、毎年美しい立派な大根を作っていました。私は、その大根の種が欲しかったのです。それである年に、お願いして分けて頂きました。ところがその翌年に、その方は亡くなってしまったのです。もらった種は播いてみると、以外にも交雑が酷くて、使えるものではありませんでした。でも私はその種を捨てる事が出来ませんでした。種にはその生産者の想いが入ります。ひとつひとつの種に思い入れが無ければ、生産者は自家採種を続ける為のモチベーションは保てません。1年ごとに、愛情を注いで自家採種を続けて来た種は、その土地にしかない種に変化し、やがてその地域の文化にまで発展します。文化は人の生き方であり、多様性の表れでもあります。それは世界を豊かにしていくのです。

 市販の野菜の種は、次世代が育たない“雄性不稔”の方向へ進んでいます。自然農法は、次世代をより強くいいものにしていきます。生命の根源である種を守りましょう。

橋本 進

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です